最近、なんだか読んでいるものが少々古い。
というのはまぁ、
古本屋さんで買った本なんかを読んでいることが
多いからなだけなんだけど。
古本屋さんには昔からよく行っていた。
別に古本が好きなわけではない。
ただ、本を安く手に入れられるから、
という理由。
中学生くらいのころには
古本屋さんで漫画をよく買っていたし、
高校大学くらいになると
古い図録や絵本なんかをよく買っていた。
最近はなぁんだかバタバタしていて、
普通の本屋さんに行くということすら
あまりできていない状態・・・
とはいえ、家にあるんだよ。
買ったのに読んでいない本たちが。
自分で買って、まだ読んでいないもの。
買って眺めはしたけど、
文章にまで目を通していない画集や図録。
旦那さまが持っている本たち。
まぁどれも、そんなに新しくはないわねぇ。
古い小説やエッセイなんかを読んで
そのころの時代背景を知るというのも
なかなか楽しいもの。
画集や図録なんかでは
当時の批評家がどんな風に書いてるかを読むのが
なかなか面白い。
今もなお生きている作家だと、
尚面白い。
比べられるからね。
「わー私が生まれた年だ。
この年にこの作家、もうこんな作品作ってたんだ!」
「この年、私は小学生かぁ。
この作家の存在すらしらなかったなぁ・・・」
自分が生まれていなかったり、
ちびっこだったりした時の時代に、
現在の自分のまま視点を置けるというのは
古い本を読むという面白さだと思う。
昔の評論家がまたイイ事言ってるんだこれが。
今読むから得られるものって、けっこうあるよ。
どんなに古い話でも、知らない私からすると
超新しい話だもの。
以前、とある作家が話してくれた。
「現時点から未来を見るということは、
同じ距離の過去も見えないといけない。」と。
「10年後の私」を考える時、同時に「10年前の私」を思い出すべき。
「100年後の世界」を考える時、
「100年前の世界」をちゃんと調べるべき。
過去なんか気にしない!前向きに!
ってのは一見よさそうに聞こえるけど、
ずいぶん浅はか。
過去あっての今なんだから。
過去と今があっての未来なんだから。
というわけで、
私は自分の好きな人の過去の話を聞くのが
わりと好きだったりする(笑)
その過去の話にやきもち焼いたりしながら、
未来を考えているのである。たぶん。
(悪趣味なわけではない)
ちなみに、今、通勤中に読んでいるのは
1992年の美術手帖。
いやぁ〜勉強になります。
14歳の私、これ読んでも意味わかんなかっただろうな・・・
今出会えて、ラッキーだ。