今日は「マザー・テレサ」の誕生日です。
マザー・テレサ氏、
カトリック教会の修道女であり
修道会「神の愛の宣教者会」の創立者さんです。
飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、
病気の人、必要とされることのないすべての人、
愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く。
という修道会のリーダーこと「マザー」。
ノーベル平和賞を受けたことでも有名ですね。
聡明な修道女として
上流階級の子女の教育をしていた彼女は
30代半ばごろに
「最も貧しい人の間で働くように」という啓示を受けたのだそう。
なかなか認可が降りず
すぐには活動を開始できなかったそうですが、
特別許可を得てからは
スラム街に入り、貧しい人の中で働いたとのことです。
「貧しい人に仕える」
これ自体、なかなかできることではありません。
やってみようと思っても
資金の援助を得られるようになるまでには
長い道のりが必要です。
それでもマザー・テレサ氏にはできた。
信仰心の強さや心の広さ、やさしさというものが
まず大きいとは思いますが、
同時にものすごく強く、
事業家としての才能もあったのだと思います。
ローマ教皇からプレゼントされたという高級車についても
「貧しい人のためのお金に変えたんだろう」ことは
だれでも予想がつきそうですが、
彼女は単純に「売る」という方法はとらずに、
この車を景品とした宝くじを行ったのだそうです。
その高級車の値段を遥かにうまわまる活動資金を
得たとのことです。
また、南米から多大な寄付金を受けた時、
実はそのお金が組織的な強盗からのお金だということがわかり
国の政府から「非合法なお金なので返金してほしい」との
話になったそうなのですが、
あっさりその申し出を断り、返金しなかったそうなのです。
貧しい人のために神様が与えてくださったお金に
きれいも汚いもないと。合法か非合法かなんて関係ないと。
ノーベル賞を受けたのも
賞金を活動資金にまわすためだったと考えられますしね。
スピーチでは
「私は受賞に値するような人間ではないけど、
世界の最も貧しい人々に代わってこの賞を受けます」と
おっしゃっていたそうです。
そう、「お金じゃない」とはいっても
やはりお金は必要なんです。
たくさんの支援を受けたりしたことから
彼女のことを悪く言う人もいるようですが、
明確な目的があって
それに対して確実に資金を得て行くというのは
そう簡単なことではありませんからね。
それに資金を得始めると目的を見失ってしまう人だって
多いわけですから。
マザー・テレサ氏は
生涯、目的を失うことなく、
まっすぐに、そして柔軟に、
活動をつづけた人なんですね。
ものすごい肝の据わったお方です。はい。
ひとつだけ、
小さく彼女に対しての非難を言ってしまうならば、
中絶に関してですかね。
「育てられないのなら、産んだ後私のところにつれてきてください。
私が育てます。」
とまで言ったマザー・テレサ氏は
単純に中絶反対を言っている人とはわけが違うのはわかりますが・・・
カトリックが中絶を禁止しているのもわかりますが・・・
「産む」ということさえできない場合もあるわけで・・・
ホントにデリケートな問題であるだけに
あれほどしっかり反対されると
ちょっと胸が痛むのです。