今読みかけの本の中に
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日本は、原則として、
「自分の頭でものを考えなくてもすんでいる」という国だから、
「自分の頭でものを考えるのも自由」だし、
「自分の頭でものを考えないのも自由」なのだ。
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という文章があった。
ふと、「自分の頭で考える」ってのは
なんだっけ?と考えた。
これね、なかなか難しい。
「自分の頭でものを考えなくてもすんでいる」というのは
なんとなくわかる。
受験勉強を振り返ってみてもそう。
記憶力だけでカバーできるものがかなり多くて、
「考える」をしなくてもすむ。
なんとなくだけど、
「考える」ことよりも「勤勉さ」のようなものを
美徳としている感じが未だにあるのよね、日本。
ただ勤勉に、関係すること、やるべきことを覚えてこなす。
余分なことは考えない。
ということを実践した方が、
この日本では生きやすいような気さえする。
もちろん、様々なことを記憶して引き出しを増やすことは
「考える」ことにとっても重要なこと。
「知らないでいる」ことを受け入れた時、
その分野について考えることも
頭の中から排除してしまうものね。
「自分の頭でものを考える」ということについて、
改めて自分の頭で考えることを
していきたい思う。
もちろん「自分に都合のいいように」だけじゃなくてね。
ステキな人の意見を聞いたり、
偉い人の話を聞いたりして、
「わかった!」とか思っちゃって
まるで自分の頭で考えたことのように
錯覚しちゃうことってあると思う。
自分の頭で考えて判断したことなんて、
「この話、かっこいい」くらいのもんなのに。
たとえ、誰かの意見に賛成するにせよ、
「ホントにそうか?」
「自分の考えと同じ部分はどこ?違う部分はどこ?」
etc・・・
自分の頭の中に置き直して、
こねこねしてみることが大事だと思うのだ。
「そうだね〜」とただ同意すること、
「難しくてよくわからないのよ〜」と逃げること、
「あなたに任せるわ〜」と他人事にしちゃうこと。
「完全に無くす」のは難しいけど、
減らしたい。
なかなか上手には働いてくれない頭だけど、
遠回りでも余分でもいいから
使うようにしたいものだ。