今日は「夏至」。
一年の中で最も昼が長い日。
しかし京都は冷たい雨。
太陽の恩恵をたっぷり感じられる1日!
というわけにはいかないようだ。
ちびっこのころの私は
太陽が大好きだったと思う。
小学生の時、水泳の強化選手だったので
夏の放課後は毎日のように
学校のプールで泳いでいた。
へとへとになっても
カラカラに焼けたコンクリートに
あちちと言いつつ寝転がり、
太陽の光をたっぷり浴びると元気になれて
また泳げた。
昼休み、運動場の真ん中で
いつもドッジボールをしていた。
太陽の光をあびて走り回るのは
ホントに楽しかった。
実家の屋根の上で、
太陽の光で本を読んだりもしてたなぁ。
おかげさまでまーーーっくろだったのよね。
「おまえ、後ろにあるタンスより黒いぞ」
食事中に兄が箸をとめて私を眺めた後、
そう発言したことは
なんだか忘れられない。
夏の終りに撮った集合写真には
白目と歯しか写っていなかったのも懐かしい。
今はというと、さすがにね。
これ以上シミを増やすわけにはいかないと、
日焼け止めを日々ヌリヌリし、
晴れた日には日傘をさし、
太陽さんから見つからないように
こそこそしている。
なーのーに、太陽さんは私を見逃してはくれず、
じわじわと肌をこがすのだ。
愛されちゃっててね、もう。
お肌のためには
ちょっと距離を置きたいと思う太陽さんだが、
嫌いだなんて、口がさけても言えないことだ。
あたりまえのようにそこにいてくれる太陽。
その恩恵たるやすごいもの。
こうやって機嫌良く生きていられるのも
太陽あってのこと。
昔々から、太陽への崇拝があるのはわかるよね。
日本の神話の天照大神もギリシャ神話のヘリオスも、
太陽の神だ。
仏教の大日如来も太陽を象徴としている。
世界中の神話の中に、かならずと言っていいくらい
太陽の神様が存在する。
現代よりも、もっともっと、太陽を崇めていたのだと思う。
3.11以後、
河口龍夫氏は太陽の光をつかった作品をつくり、
「これからもっと、太陽と仲良くしようと思ってね」と
にっこり微笑んでいた。
太陽と仲良く。
その感覚を持つことは、今、とても大切なことのように思う。
日夜逆転して、太陽を見ずとも生きて行ける。
寒ければ電気を使って暖をとればいい。
野菜だって人工的な光で作れちゃう。
太陽が出ている日は焼けちゃうから外にでない。
etc・・・
これってきっと、間違えている。
人間の驕りだ。
自然と張り合っても
結局負けて飲み込まれるのは人間だということ
もうわかっているはず。
太陽の恵みを改めて知り、
もう一度、太陽と仲良くなり、ますます太陽を愛したいと思う
今日このごろなのでした。